青色発光ダイオード(LED)開発によるノーベル物理学賞の受賞

   2015/03/20   icon-clock-o読了時間:約11分32秒

2014年10月7日、赤崎博士、天野博士、中村博士のお三方がノーベル物理学賞を受賞されました。
受賞理由は『 明るく省エネルギーの白色光を可能にした効率的な青色LEDの開発 』です。
おめでとうございます!

パソコン修理業者として常々パソコンの光源に使われているLEDランプを眺めたり触ったりしているので
なんだか身近な物が評価されたようでとても嬉しいです。

今回と同じノーベル物理学賞を2008年に受賞された南部陽一郎博士、小林誠博士、益川敏英博士といい、
iPS細胞の作成により『 細胞や器官の進化に関する理解に革命を起こした 』として
ノーベル生理学・医学賞を受賞された 山中伸弥博士といい、
近年は日本人の受賞が多いのも嬉しいですね(ノ´∀`)ノ

そこで、お祝いの気持ちを込めて、簡単ではありますが
今一度 青色LEDとノーベル賞についてご紹介したいと思います。
 ⇒ 過去記事 PC液晶の選び方【番外編】 ブルーライトって? と一部重複いたしますのでご了承ください。

 目次 

青色LEDの歴史
今回のノーベル物理学賞の授賞理由
ノーベル賞の設立
お土産はやっぱりメダルチョコ?

青色LEDの歴史

1989年
名城大学理工学部の赤﨑勇氏と、その教え子の天野浩氏が世界初の窒化ガリウム(GaN)による青色LEDを発明
 ↓
1993年
その技術を応用して、青色の純度が高く、かつ実用的な光度を持った青色LEDを
日亜化学工業に当時所属していた中村修二氏が開発、製品化
 ↓
1995年
更に赤﨑勇氏が高輝度の青色LEDを実現
 ↓
2004年
東北大学金属材料研究所の川崎雅司氏らの研究チームが
価格が安い酸化亜鉛を用いた青色LEDの開発に成功

以来、様々な場所でLEDライトは活躍するようになりました。

2004年にはSONYさんが液晶テレビのバックライトとして初めてLEDを採用、
2008年頃からノートパソコンの液晶にもLEDバックライトが使われ始めました。
テレビにLEDバックライトが使われ始めて9年、パソコンに使われ始めてからはほんの5年程度です。

明るい場所でも見やすい信号機、車やバイクのライト、駅や空港の電光掲示板、
鮮やかでカラフルなイルミネーションにもLEDが使われています。
ノートパソコンや液晶テレビ、携帯電話やスマホを薄く軽く出来たのもLEDの功績が大きいですね。

色々なものがLEDによって便利に、かつ環境にやさしく省エネになっています。
青色LEDは、一般的に需要の多い白色LEDを作るために欠かせないものです。
こうして少し注目していただくと、青色LEDの開発が
どれほど人類にとって有益なものだったかお分かりいただけるかと思います。

今回のノーベル物理学賞の授賞理由

三人への授賞についてスウェーデン王立科学アカデミーの選考委員は以下のように語っています。

彼らの発明は革命的だった。
白熱電球は20世紀を照らした。
21世紀はLEDランプによって輝くだろう。
(中略)
赤と緑のダイオードはずっと以前から存在していたが、青色LEDを考案することは見果てぬ夢だった。
そしてそれは30年の歳月を経て進歩し続けている。
(中略)
誰もが失敗してきた中で彼らは成功した。
LEDランプの登場により私たちは今、古い光源より長期的で効率的な代替案を手に入れたのだ。



また別の選考委員いわく、

賞はアルフレッド・ノーベルの最期の希いに沿ったものであり、
遺言に定められた『人類にとって、この上なく幸福を与える助けとなった』人物へ付与されるべきである。
(中略)
世界の消費電力のおよそ4分の1が照明に使われており、
多くの国の政府が化石燃料からの排出量を削減するためLEDへの切り替えを促進している。


LEDは必要とする電力が大変低いので、局所的な太陽光発電との接続も容易い。
これにより電力網をもたない世界中の15億人以上が恩恵を受けるだろう。
(中略)
私はアルフレッド・ノーベルがこの賞の授与を喜んでくれるものと心から思う。
青色LEDの開発は、この世のほとんどの人の利益になるものだ。



ノーベルさんが遺した言葉に忠実であろうとする選考委員の人たちの姿勢が伺えますね。

ノーベル賞の設立

上でもご紹介したように、ノーベル賞とは
『 人類にとって、この上なく幸福を与える助けとなった 』人物へと与えられる賞です。
ダイナマイトの開発で巨万の富を築いたアルフレッド・ノーベルの遺言に従って、
彼の莫大な遺産を基にノーベル財団が設立・運営されています。

ダイナマイトを始めとする『 爆薬(ニトログリセリン)の安全な取り扱いと効率的な起爆 』を
見出したノーベルさんは「 これでこの国の固い地盤でも安全に効率的に土木工事を進められる! 」と、
人の役に立つものだと思っての開発だったようです。
しかし皆さんご存知のとおり、残念ながらその発見は主に兵器として利用されるようになります。

弟がニトログリセリンの取り扱いに失敗した事故で亡くなったとき、
安全に爆薬を扱うためだったものが、意図した方向と真逆の方向で使われたとき、
それが戦争で多くの人命を奪い続けたとき、
武器の商いで財を成し、『死の商人』と呼ばれたとき、
晩年に狭心症を患い、特効薬としてニトログリセリンの錠剤を服用していたとき。
その時々にノーベルさんはどんな気持ちだったのでしょうか。

死の間際、子供の居なかったノーベルさんは
自分の研究アシスタントだったラグナル・ソールマン(Ragnar Sohlman)と
ルドルフ・リリェクイスト(Rudolf Lilljequist)を遺言執行者として指名しました。
二人の科学者はその遺志に応えるべく、ノーベルさんの親戚による
不服申し立て(莫大な財産を丸ごと貰う気満々だったんでしょうね)に散々邪魔され、
とてつもない苦労をしながらも、何年もかけてノーベル財団設立委員会を結成し、賞設立の準備を行いました。
ちなみにラグナルさんのお孫さんであるマイケルさんが
現在のノーベル財団のエグゼクティブ・プロデューサー(管理代表者)です。

お土産はやっぱりメダルチョコ?

ノーベル賞の受賞者や関係者、来賓や観光客、
皆さんが揃って買い求めるものはやはり受賞メダル型のチョコレートのようです。
お手ごろ価格(10個入り約1,000円)で、小分けにして配りやすく、
尚且つ「 ノーベル賞授賞式のおみやげだよー! 」というのが伝わりやすいですし、
貰ったほうもとっても嬉しいお土産ですね。
私もスウェーデンに行くことがあれば絶対にお土産はこれだ!と思っています。

本物の受賞メダルは、賞によって多少デザインに違いがあるらしいのですが
基本的に表面にはノーベルさんの横顔の肖像が描かれており、
裏面は物理学賞と化学賞だと、自然の女神のベールを
科学の女神がそっと外して横顔を覗いているという意匠になっています。

メダルチョコのデザインは、ノーベルさんの横顔を描いたもの(ノーベル博物館で販売)と
晩餐会の会場であるストックホルム市庁舎を描いたもの(市庁舎で販売)の2種類があります。

ノーベル博物館

スウェーデンの首都ストックホルムの旧市街地ガムラスタンにノーベル博物館があります。
2001年にノーベル賞100周年を記念して建設されました。
公式ホームページには大変ありがたいことに日本語ページがあるのですが、案内図には謎がいっぱい。
『 泡箱の部屋 』って何だろう・・・。
案内には「 泡のごとく創造性を沸き立たせてくれる空間 」とあるのですが、
私のイメージ映像では泡風呂に埋もれた正方形の部屋になってどうしようもありません。
自分の創造性の無さにがっかりです。

ショップではメダルチョコはもちろん、晩餐会に使用されているものと同じ食器が販売されています。
商品の写真はこちら ⇒ ノーベル博物館 ショップコーナー

カフェコーナー『 ビストロ ノーベル 』では晩餐会でデザートとして出される
アイスクリームパフェと同じものが食べられるのだとか。
椅子の裏にはこっそり歴代受賞者の人たちのサインが。
ちなみにこのページの ↑ 写真でサインを書いているのは
2010年ノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサさんです。
iPS細胞を作った山中博士も英語・日本語の両方でサインをしてきたそうです。
もしもここを訪れる機会があったら忘れずに椅子の裏をご覧くださいねd(・∀・*)

ストックホルム市庁舎

湖に面して立てられた重厚なレンガ造りの歴史ある建物で、
その建築技術や装飾が高く評価され観光名所にもなっています。
早稲田大学の早稲田キャンパスにある大隈講堂もこの市庁舎の影響を受けたと言われています。

そんな市庁舎の “ 青の間 ” で、ノーベルさんの命日である12月10日に開かれるのが
ノーベル賞の受賞者たちを祝うための晩餐会です。
晩餐会は国王陛下や王室の方々をはじめ、受賞者やその家族、関係者、
その他抽選で選ばれた学生や国民など、1300人もの人達が参加する大宴会です。
ちなみに晩餐会の後は同じく市庁舎内の “ 黄金の間 ” で舞踏会が開かれます。

スウェーデンの国旗は、濃い水色に黄金の十字架という意匠です。
青灰色の大理石を床に敷き詰めた “ 青の間 ” 
壁面を豪奢な金箔と壁画で埋めた “ 黄金の間 ” 
どちらもスウェーデンの伝統と誇りを表現した空間であり
そんな場所に招いてお祝いの宴会をしてくれるなんて、これ以上ないおもてなしですよね。

ちなみに “ 青の間 ” の大階段は幅広で、高さはとても低く造られており、
女性がイブニングドレス(裾の長い優雅なアレですね)でも降りやすいよう、
また所作が美しく見えるようにという気遣いの賜物。
そして大階段の向かい、赤レンガで組み上げられた壁には
階段を降りる際に視線をふらつかせず、凛と降りてこられるように
目線を固定するための星のレリーフが彫られているんだそうです。
いくら片腕をパートナーの男性に預けていると言っても、
視線を向かいの壁のレリーフに合わせて逸らさず、足元も見ずに
優雅に微笑みながら長いドレスの裾をさばいて階段を降りるとか私には絶対に無理です。
昔の貴族の女性や、現代の招待客の女性の皆さんも大変だ・・・
と、ドレスの貴婦人の苦労をしのんで、メディアで晩餐会の様子が放映されたら
星のレリーフを探してみようと思っています。
皆さんも今年の12月10日、覚えていらしたら是非、
階段の向かいの壁にある星のマークを探してみてくださいヾ(=・ω・=)

 良かったら押してみてください♥

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